2021年もよろしくお願いいたします
新しい一年がはじまりました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年は丑年。
牛といえば、なんてったってインド。
神の使いと崇められる国です。
振り返らず(振り返れず!?)、もうすぐ一年が経ちそうですが、丑年だし、縁起よく、周回遅れの旅日記を書いてみようと思います。
長いです(汗)、お時間あったら、お付き合いくださいませ。
上の写真は南インドのマハーバリプラムの海岸寺院(7世紀後半建立)、
シヴァ神の乗り物ナンディと呼ばれる牡牛のレリーフに囲まれていました。
ベンガル湾の波打ち際の砂浜に立つこの寺院、1500年近く波風にさらされ、2004年の大津波にも遭い、かつては7つあった寺院のうち、残っているのは1つだけという貴重な世界遺産。
テレビや本で見聞きしたことはあったけれど、実物を目の前にすると、人の一生なんて、砂粒くらいちっぽけなんだなぁと素直に実感しました。
が、そんな感傷にひたっていられるほど生易しい陽気ではなく、そこは赤道近くの炎天下、遮るものがなにひとつない海岸、やけどしそうな熱々の砂浜。
もう少し見ていたいと思いながらも、体力をいっきに消耗する熱波を前に、早々に退散。
夕焼けをバックにあの海岸寺院、いつかもう一度見たいなぁ。
それにしても、ぎゅっと肩がつまるようなこの時期、寒い日が続くと、あの南インドの灼熱やうだるような、気だるい午後が恋しいのだから、我ながらなんと欲張りなことかとあきれます。
埃だらけで、穴ぼこだらけの道に、ひしめきあうバイクやリキシャ、車、その合間を悠然と歩く牛や犬。
ホーンやクラクションがひっきりなしに鳴り響く中、なんてことないように食堂やスタンドバーで軽食を食べ、お茶を飲む人々。
色鮮やかな果物屋、籠売り、ステンレススチールの店、露店の床屋、雑貨屋、道端に座り込んでいる物乞い。
生きる世界は人それぞれで、人の目を気にするでもなく、ただ、あるがままに雑多に混ざり合い、旅人でさえ、自然と街を彩る風景の一部になってしまう不思議の国。
旅人目線では、思わず二度見、三度見してしまう光景が、まるで壮大なコントを見ているようで、お腹がよじれるほど笑えるのだけれど、彫りの深いインドの人々から、思わずガン見されてしまう”平たい顔族!”のわたしたちも、そこにいるだけで、彼らにとっては相当なコントのはず。
それでも、目を合わせれば、女性はちょっとはにかみながら、男性は、ニヤリと嬉しそうに笑顔を返してくれて、その無邪気で、はちきれんばかりの明るい表情にまた魅了されてしまいます。
スリにあわないようにとか、交通事故にあわないようにとか、お腹を壊さないようにとか、常にスリリングで一定の緊張感は持っていないといけないんだけど、カオスのような混沌とした世界を目の当たりにすると、なんというか、いろいろあんまり気にせず、ただ生きてるだけで面白いなぁと非常に肩の力が抜けます。
一緒に旅した友人の言葉で言い得て妙だったのが、
《インドは無秩序の中に意外と秩序があって、日本は秩序だってるようで意外と無秩序状態》
このあたりが、インドを好き嫌いかが、ハッキリわかれる所以かもしれませんね。
そんな暑くて、雑多で、色鮮やかなインドを”旅人としてのわたし”は、心から楽しい、どうしようもなく美しい、と思ってしまうのです。
息子たちからは、頭が変じゃね!?と言われてるけど。
でもね、住み慣れた国や街の風景は素通りしてしまったり、気にも留めないことが多くなりがちですが、旅人目線で見てみると、意外と二度見、三度見の光景があったりします。
こちらは、疫病退治で有名な元三大師ゆかりの天台宗の掛川の普門寺さん。
二十年来お詣りしていますが、今年は、初!オープンエアでの護摩焚き。
寒風吹き荒ぶ中、燃え盛る護摩、袈裟に火の粉が飛びそうになったり、寒さで法螺貝の音がちょっとはずれてる!?などなどなかなかシュール、でもユーモア溢れる僧侶たちの計らいで終始和やか&かな〜りコントな風景が繰り広げられ、参加者は皆笑顔。
我々家族も皆、明るい気分になりました。
時には、自分自身が、二度見、三度見、ガン見される対象でありたいな、なんて思います。
見た人が、家に帰って、夕食のときにでも、「今日こんな人がいてね~♪」なんて、ワクワク楽しい!と感じてもらえたら最高。
わたしの簡単なおススメは、”公園で逆立ち”。
散歩している方々には、なかなかのインパクトみたいですよ(笑)。
そんなわけで、今年の目標に、シルシアーサナ(ヘッドスタンド)いかがでしょう。
一緒に練習しましょう。
1月6日(水)から通常レッスン再開、お会いするのを楽しみに、お待ちしております。